
1978年にバンド「s-ken」を結成し、伝説のパンク・ムーヴメント「東京ロッカーズ」に参加。デビュー・アルバム『魔都』(81年)、セカンド・アルバム『ギャングバスターズ』(83年)などのソロ活動を経て、84年にs-ken&HotBombomsを結成、アルバム『ジャングル・ダ』『パー・プー・ビー』『千の眼』『セブン・エネミーズ』の4作は、2007年に紙ジャケットで再発され、17年ぶりに新曲「オールディック」も発表。
現在は「WorldApartLtd.」の代表取締役プロデューサーとして、中山うりなど数多くのアーティストを手掛ける。これまでプロデューサーとして、世に送り出したレコード・CDは、スーパーバタードッグ、ボニーピンク、クラムボン、PE'Z、DJKRUSH、エルマロ、MONDAY満ちるの作品など100タイトルを超える。
著書に父と娘の絆と自転車を相棒にしたロード・ムービー的な高揚感をシェイクしたストリート・ファンタジー『ジャバ』(08/ソニーマガジンズ刊)、東京に暮らす外国人たちを活写したノンフィクション『異人都会TOKYO』(88年/シンコー・ミュージック刊)、編者にクラブ/ストリート・シーンのリアルタイムでリポートしたムック『PiNHEAD』(CBSソニー出版刊)がある。

1970年代
1980年代
1990〜95年
1996〜99年
2000年〜
【1970年代】
1971 年
●作曲を担当した『自由通りの午後』 (作詞:松山猛)がポーランド音楽祭“ソポト”の日本代表に選抜され、アイ・ジョージは、この年のNHK「紅白歌合戦」でこの曲を歌う。
●佐藤 健(現作曲家)らとピースシティーを結成。CBS SONYからシングルを2枚リリース。
1972 年
●ヤマハの音楽誌「ライトミュージック」の編集者やコーディネーターで活躍する一方、演奏活動を続ける。
●ヤマハ・ポプコン全国大会で『あなたなら』(作詞・曲・歌) で井上陽水らと入賞。『ちっぽけ革命』(作曲・歌) で東京大会優勝など、作曲コンクールで数々の賞を獲得する。
●細野晴臣のセカンド・アルバム『トロピカル・ダンディー』に制作協力。
1975 年
●財団法人ヤマハ音楽振興会の特派員として渡米。L.AやN.Yから「ライトミュージック」に寄稿、世界歌謡祭のコーディネーターなど多方面で活動。
1978 年
●ニューヨークより帰国後、ライター、フリー・エディターで活躍しつつ、s-kenリーダーのバンドを結成。フリクション、リザード、MIRRORS、Mr.Kiteらと“東京ロッカーズ”と題したライヴ・パフォーマンスを、s-kenスタジオ、新宿ロフトなどを中心に展開。
1979 年
●ライヴ・レコーディング・アルバム『東京ロッカーズ』を発表、3曲収録(CBSソニー)。
●ニューヨーク時代に約1年間撮り溜めた写真をまとめ、渋谷の西武デパートで写真展開催。
●7月 初来日のトーキング・ヘッズと京都大学西部講堂で共演。
●泉谷しげる監督・主演の映画『拳銃殺人師』に革命家の役で出演。
【1980年代】
1981 年
●デビュー・アルバム『魔都』、シングル『サクサク』を発表(日本コロムビア)。
1983 年
●セカンド・アルバム『ギャング・バスターズ』、シングル『恋のバガボンド』を発表。細野晴臣、安藤篤彦、小玉和文などが参加(キング)。
●6月 東京のストリート・ファッション二枚扉に封じ込めたムック『Pin-Head』」編集(CBS ソニー出版)。
●新宿ツバキハウスでイベント“ニポニーズ・ナイト”を5回に渡りプロデュース。東京ブラボー、じゃがたら、PINK、竹中直人、中村ゆうじ、沼田元気、戸川純などが参加。
1984 年
●日本テレビ「海賊チャンネル」に半年に渡りレギュラー出演。
1985 年
●s-ken&Hot Bomboms 結成。
窪田晴男(G)、佐野篤(B)、矢代恒彦(Key)、多田暁(Tp)、小田原豊(Dr)、ヤヒロトモヒロ(Per)
●s-ken&Hot Bombomsでアルバム『ジャングル・ダ』、シングル『感電キング』発表(CBSソニー)。
1986 年
●MUTE BEAT、じゃがたら、TOMATOS、などともに“Tokyo Soy Source”プロジェクトをスタート。芝浦インクスティックを拠点に展開。
1987 年
●s-ken&Hot Bomboms アルバム『パー・プー・ビー』発表(ポリドール)。小田原豊に代わり松永俊弥が参加。
1988 年
●s-ken&Hot Bomboms アルバム『千の眼』発表(ポリドール)。
●単行本『異人都市TOKYO』刊行(シンコー・ミュージック)。
1989 年
●もう一つのセッション・ユニットS-ken&TRA TRA TRA活動開始。
今堀恒雄/ 窪田晴男(G)、早川岳晴 / 樋沢達彦(B)、塩谷 哲 / 清水一登(Key)大義見 元 /スティーヴエトウ(Per)、日比野信午(Sax)、小田原 豊 / 外山 明(Dr)などが参加。
●イベント“エスケンのカメレオンナイト”プロデュース開始。六本木インクスティック、芝浦インクスティックなどを拠点に展開。
オリジナル・ラヴ、上々颱風、KUSU KUSU、オルケスタ・デ・ラ・ルス、ヴンドゥムーナ、早野凡平、原マスミ、シャクティ(インド舞踊)、ザハラ(ベリーダンス)などが参加。
●窪田晴男プロデュースのオムニバス・アルバム『東京的』に三宅純とのコラボレーションで2 曲参加(MIDI)。
【1990〜95年】
1990 年
●雑誌「any」でエッセイ「異人都市快楽」連載開始。
●FM大阪のDJ番組エスケンの「カメレオンナイト」プロデュース開始。
●大阪キリンビアクラブ、パラノイアにて“エスケンのカメレオンナト”プロデュース開始。
ウルフルズ、後藤有三&ワニクマ・オールスターズ、チャ・チャ・クルー、オリジナル・ラヴ、電気グルーヴ、カーリー・ショッケール、チカ・ブーン、ECSTCY BOYS、ソドムなどが参加。
●マーチン・デニーのアルバム『エキゾチカ’90』のレコーディングにコーラスで参加(東芝EMI)。
●10月 ファースト・アルバム『魔都』CD化再発(日本コロムビア)。
●11月 新生s-ken & Hot Bomboms で6 枚目のアルバム『セブン・エネミーズ』 発売(ポリドール)。
今堀恒雄(G)、佐野篤(B)、矢代恒彦(Key)、多田暁(Tp)、小田原豊(Dr)、スティーヴエトウ(Per)
1991 年
●日仏対抗ライヴ合戦“フェスティバル・春”にs-ken & Hot Bomboms参加。ジミー・オーイッドとのカップリング。
●インクスティク鈴江ファクトリーにて“エスケンのカメレオンナイト7”開催。
●日本衛星放送(JSB) のWOWOWにて“エスケンのカメレオンナイトTokyo Vs Osaka”(3時間番組)をプロデュース。
●本木雅弘のシングル『ジレンマつばめがえし』で作詞。
●7月11日 NHKのTV番組「西日本スペシャル〜クラブシーン・真夜中のアーティスト」にナビゲーターとして出演。
●後楽園ルナパークにてイベント“東京ラテン宣言スペシャル’91”(6日間連続)をプロデュース。
浜村美智子、渡辺マリ、オルケスタ・デ・ラ・ルス、フィッシュマンズ、PJバンド、ザ・スリル、桜川唯丸&スピリチュアル・ユニティー、ネーネーズwith 知名定男、DJ にはラファエル・セバーグなどが参加。
●渋谷DJバー・インクスティックにてイベント“エスケンのカメレオンナイト〜東京ダンスビート・ネットワーク”開催。浜村美智子、三宅純、DJでは小玉和文、コモエスタ八重樫、かの香織などが参加。
●レーベル セブン・サムライ発足。
●セブン・サムライの第一弾オムニバス・アルバム『東京ラテン宣言』プロデュース(アポロン)。
●12月31日 心斎橋クラブクアトロにて“LOFT 熱帯ナイト・クラブ6〜東京ラテン宣言〜CD発売記念年越ライヴ”開催。
スィートパンプキン& チャチャ・クルー、コンフント・エスパシオ、ミンカパノピカ、ピリピリなどが参加。
1992 年
●1月 渋谷クラブクアトロにて“東京ラテン宣言発売記念ライヴ”開催。
●2月20日 TV番組TBS「Catch Up」のゴージャス・ミュージックというテーマでコメンテーターとして出演。
●2月 浜村美智子のミニ・アルバム『ジャジャンボ』プロデュース。(アポロン)
●4月 青山CAY で“エスケンのカメレオンナイト〜セブン・サムライシンジケート”開催。
浜村美智子、ソンナ・バナナ、スィートパンプキン& チャチャ・クルー、内田春菊&アベックス、小玉和文、OTO、ランキン・タクシー、東京リズムキングス、ペインティングチームなどが参加。
●キリンのCM「KIRIN WINE CLUB DANCE」でナレーター出演。
●6月 東京リズムキングスのデビュー・アルバム『ブーガルー・フィーバー』プロデュース。
●コンピレーション・アルバム『ニポニーズ・ラガマフィン・ミックス』プロデュース(アポロン)。
●7月 後楽園ルナパーク内ルナ・シアターで“カメレオンナイト・スペシャル’92”開催。
パノラマ・マンボ・ボーイズ、金沢明子&寺田創一、U.F.O、田島貴男、マンデイ満ちる、東京リズムキングス、東京コミックショウ、浜村美智子などが参加。
●7月 コンピレーション・アルバム『ニポニーズ・ダブ・ミックス』プロデュース(アポロン)。
●9月3日 TV番組TBS「Catch Up」の東京の外国人というテーマでコメンテーターとしてブルース・オズボーンと共演。
●11月 コンピレーション・アルバム『JAZZ HIP JAP』プロデュース (NECアベニュー)。
●12月 TV番組TBS「Catch Up」に出演。
●12月 渋谷DJ バー・インクスティックで『JAZZ HIP JAP』の発売記念ライヴ開催。
1993 年
●イベント“アフロ・ジュース”をN.Yのソウル系DJジェフ・ブラウンと共に西麻布YELLOWでプロデュース開始。
●JAZZ HIP JAPナイト、クアトロ3DAYS(東京、大阪)プロデュース。
U.F.O、DJタケムラ、EL-MALO、マンデイ満ちる、DJ KRUSH、サイレントポエッツなどが参加。
●5月 コンピレーション・アルバム、「JAZZ HIP JAP2」リリース (NECアベニュー) 。
●アメリカの「ビルボード」にインタビュー記事掲載。
●有近真澄のアルバム『女の都』に3 曲作詞。
●FM大阪、マンデイ満ちるパーソナリティーのラジオ番組「FM おおゆれ大阪」を一年間に渡りプロデュース。
●後楽園ルナパーク“カメレオンナイト・スペシャル”を2日間プロデュース。東京スカパラダイスオーケストラ、河内家菊水丸などが参加。
●日本コロムビアよりチャンス・レベール発足、プロデュース、スタート。
12月以後、浅田香織(BONNIE PINK)、DJ KRUSH、リトルビッグビー、エスカレーターズ、カブ、アモーレ・ヒロスケ&ラブマシーン、河内家菊水丸、バキュームプロダクションなどをプロデュース。
●河内家菊水丸のアルバム、プロデュースのためイギリスのバーミンガムに3週間滞在。
バングラビートの本拠地で、バリ・サグー、アチャナックなどとレコーディング、現地のテレビ、ラジオ、雑誌でも話題になる。
●ロンドンのモーワックス・レコードより16 曲入りのダブルLP『Jazz Hip Jap Project』、 12 インチ・シングル『DJタケムラ』」『EL-MALO』『Jazz Hip Jap Sampler』をリリース。
●12月 ロンドンのタイフーン・レコードより12 インチ・シングル『Jazz Com Bossa』、翌年1月『Jazz Powers』をリリース。
イギリスの「ミュージック・ウイクリー」のダンスチャートで『Jazz Hip Jap Project』」が6位になったのをきっかけに、12インチ・シングルもエコー誌などのジャズ・チャートに次々にチャートイン。「ジャズ・エクスプレス」の表紙になるなど、ロンドンの各誌にインタビュー記事が掲載される。
●大阪のクラブおおゆれ大阪でイベント“カメレオンナイト”を毎月スタート。
1994 年
●3月 ロンドンのタイフーン・レコードよりエスカレーターズの12インチ・シングルをリリース。
●NHK教育テレビ、音楽解説者として3回にわたって出演。
●9月 プロデュース作品『Jazz Com Bossa』アメリカのインスティンクト・レコードより発売。
●TV番組、ワーズワースの冒険で宮沢りえの音楽コーディネイト。
●Flim-Flam『バーニン』浅見美容外科テレビCM、サウンド・プロデュース
1995 年
●4月〜7月 青山APOLLO にてイベント“ACROBAT JUNCTION”プロデュー ス。
●日本テレビ「ネオ・ハイパー・キッズ」の東京ロッキン(インターネットとのリンク型プログラム)に2回に渡り出演。
●8月 1週間に渡り、後楽園遊園地ルナパーク前特設ステージにて、イベント“カメレオンナイト・スペシャル’95”をプロデュース。
シアターブルック、ビンゴボンゴ、ヤスカズ、グリディーグリーン、アモーレ・ヒロスケ&ラブマシーンなどが参加。
●月刊誌「ペントハウス」(ぶんか社)にブルース・オズボーンとのコラボレーシャンによるバーニング・デザイアという連載ページをスタート。
●10月 三宿のWEBにて毎月、“マージナルライン”というクラブ・イベントをプロデュース。
●12月 渋谷円山町ドクタージーカンスにて、3日間に渡るクリスマス・イベント“MOTION”をプロデュース。
デミ・セミ・クエーバー、ビンゴボンゴ、54 NUDE HONEYS、パレードなどが参加。
【1996〜99年】
1996 年
●3月 青山アポロのプロデューサー吉竹洋治と共同プロデュースによるクラブ・イベントを開始。南青山MUSEにて毎月月曜開催。ラムタラ、Flim-Flam、ダンスユニット、ジールなどが参加。
●3月 静岡県長泉町の年中行事“わくわく祭り”のためのパレード・ソングの作詩とプロデュー ス。
●4月 コンピレーション・アルバム『SOUP UP』をプロデュース(東芝EMI)。
以後『SOUP UP Vol2』『SOUP UP Vol3』と三部作のすべてをCDプロデュース
パレード、SUPER BUTTER DOG、マグースイム、Flim-Flam、ソウルレベル、リトル・ ビッグビー、クラムボン、ラヴライフ、smorgas、フリーボ、コーヒーカラー、DONNY FUが参加。その後10アーティストがメイジャー・デビュー
●9月 新装MUSEでイベント“マージナルライン”を6回に渡り開催。プロデュースとDJ を担当。
デミ・セミ・クエーバー、SUPER BUTTER DOG、パレード、Flim-Flam、スパノバ、ラムタラソウル・ユース・コンベンション、東京チャンプルー、アモーレ・ヒロスケ& ラブマシーン、ベアフット、54 NUDE HONEYS、高宮永徹、内海いずる、遠藤聡明、ハスキー中川などが出演。
●10月 SUPER BUTTER DOGのデビュー・アルバム「犬にくわえさせろ!」をプロデュース (タイフーン)。
●11月 ワーナーミュージック・ジャパンにマージナルライン・レーベルを発足。パレード、クラムボン、スパノヴァ、Flim-Flamをプロデュース。
●11月 青山の蜂では“虎虎”、オージャスでは“S-KEN LOUNGE”というクラブ・イベントを月1回のペースでスタート。
1997 年
●4月 CD-ROM 『ブラックマリア』(インナーブレイン) の音楽プロデュース。
●5月 SUPER BUTTER DOGのメジャー・アルバム『フリーウエイ』をプロデュース(東芝EMI)。以後 セカンド・アルバム『333号室』までプロデュース。
●7月 六本木クラブプラスティックにてDJ イベント“虎虎”を月1回のペースでスタート。
●8月 パーフェクトTV モンドチャンネル「s-ken特集」(1時間)が数回に渡って放映される。
●10月 喜納昌吉&チャンプルーズ、日本コロムビア移籍第一弾アルバム『すべての武器を楽器に』の収録曲2曲をアレンジ&プロデュース。
1998 年
●1月 Flim-Flamのミニ・アルバム『マスタード』をプロデュース (WEA) 。
●4月 渋谷Nestにて、クラブ・イベントとアート・イベントを合体させた新しい試みの“コンドルアタック”をプロデュース(〜’99年7月)。70組のバンド、DJ、80名以上のアーティストが参加。
●9月 TV東京「東京@デイズ」に映画コメンテーターとして出演(〜’99年3月)。
●10月21日 日本クラウンにLOW BLOWレーベル発足。
カメラマンズ、アカカゲ、MONG HANG、DATESPEAKERなどプロデュース。
1999 年
●6月 テレサ・テンのトリビュートにプロデューサーとして参加。代表作『時の流れに身をまかせ』をリミックス(ポリドール)。
●7月 ワールドアパート有限会社をcool drive makersのマネージャーだった浅野勇一ともに設立。代表取締役プロデューサーに就任。
●10月26日 新宿ロフトのイベント“ドライブ・トゥ・2000”でs-ken&Hot Bomboms1曲限りの復活ライブ。
●10月公開 手塚真監督作品『白痴』に満州浪人役で俳優として出演。
【2000年〜】
2000年〜現在
ワールドアパートにおいてPE'Z、中山うり、コーヒーカラー、ROCO、nitt、エイミアンナプルナ、iLala(アイララ)、DONNY FUなどをプロデュース。
2001年
●西麻布のクラブ"L"にてハスキー中川とともにDJイベント“JAJA”を3年間に渡って開催。
2005年
●月刊誌『サファリ』に東京の自転車生活についてのエッセイ「雨でも夜でも迷路でも」を7ヶ月に渡って連載。
2007年
●10月 s-ken & Hot Bomboms 『JUNGLE・DA』『パープービー』『千の眼』『セブン・エネミーズ』4枚同時再発決定。
●10月 s-ken & Hot Bombomsの再発を記念してPE’Zとコラボレーション、新曲とセルフカバーの2曲を、再発と同日10月24日よりiTunes Storeで限定リリース。
2008年
●10月
自転車を主人公にした児童書/少年少女小説「ジャバ」を(ソニーマガジンズ)発表。
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